ピエモンテの方言で「Bôgia Nen(「ぶじゃねん」又は「ぼじゃねん」)」とは「動かない」の意、転じて自分の住んでいる環境で満足して動きたがらない人をさします。
もう一つ「Bastian Cuntrari(バスティアン・クントゥラーリ)」は皆に流されず、それどころか過半数の逆の選択を好むへそ曲がりをさします。どちらもピエモンテの人に多くみられる性格です。
私は、この二つの性格のおかげでワインにしてもチーズにしてもこつこつと労を惜しまず『もの作り』をするピエモンテの素朴な伝統は生きのびてきたと思います。
たとえば、ピエモンテを代表するブドウ品種はネッビオーロ、バルベーラなどなど、ネッビオーロでも私たちの地域にはスパンナとよばれるタンニン分の特に多い品種が栽培されています。もう何十年も百年近く、いやもっとそれ以上かも。
景観にしてもそうです。居住地域の景観は改築をしたい人には頭痛の種になるほど厳しい規則で守られています。だからぱっと見で調和がとれて美しい。
私がいつも大切に思っていブログ上のビデオで紹介しているオルガのバター作りにしたってそうです。自分の祖父、曽祖父の代から使われている道具を使ってこつこつわずかばかりのバターを作っている。EUの衛生規定にも合わない環境で作られているから人に売ることもできないけどそれでも作る。
EUの規則に則したタイル張りの床にプラスチック容器、ステンレスの釜で、洗浄には合成洗剤を使用して作るバターも、チーズからも、彼女らの作るもののような素朴な押し付けがない心にしみる味わいはしません。
EUの規則に従って作られた作業場の洗剤の匂いを、たとえば尊敬するシチリアのエノロゴ「サルヴォ・フォーティ氏」は「Finta Pulizia」偽の清掃の匂いと呼んでいますが全くそのとおりです。
たとえばオルガはバター作りに洗剤を使いません。銅鍋いっぱいのお湯を薪で沸し、それを上手に使って器具の消毒と洗浄をします。バターは脂肪です。でも、変な脂肪でなく自然のお乳の脂肪はそれで洗い落ちるのですよ。
あるとき、チーズ生産コンサルタントなる人に自分がよく地域チーズ生産農家に行くというと、「Sono sporchi questi caseifici!!(そういうチーズ加工場は汚いだろ!)」と乱暴に切り返されました。仕事中でしたから笑って済ませましたが、内心「ぶっ殺してやる!」と叫んでいました。
オルガの作るバターは、法律の面からも賞味期間の短さからも日本では味わうことができません。私は日本からわざわざ彼女のバターを分けてくださいとソルデヴォロに来られる方も複数います。私はそれでいいのだと思います。なにも全ての美味しいもの、「本物」が日本で手に入る必要はないと思います。
だってそれでは日本もイタリアも同じになってしまうから、東京で美味しい喜多方ラーメンが食べられても地元で食べると違うのと同じ、各地の特産物の本当に美味しい味は大切にしたらいいと思います。日本には優秀なイタリアンのシェフがあふれていますが、彼らもイタリア修行時代に味わった多くの忘れられない味、日本では手に入らない味があるでしょう。それでいいのだと思います。
「どこも同じになって、何でも手に入ってしまったら旅をする意味がなくなってしまう。」ビエッラの郷土文化研究かターヴォ・ブラットの言葉です。 前述のサルヴォ・フォーティ氏がエトナ原産の品種を大切に栽培し地域性の高いワイン造りをかたくななまでに守っている。尊敬する故テオバルド・カッペッラーノさんが唱えていたことも同じです。これらの人たちの言葉に接してみて伝統を守り地域性を維持する大切さが私の理念の一つになりました。
でも、それを決して他人に押し付けはしたくない。でも、自分はこの理念を一時的な都合や同調のために崩すのは嫌ですし、チャンスがあればその魅力を他の人にも知ってもらいたいと思っています。
私の住む地域で自分が見てこれは本物だと納得できるもの、ほかとは違うものを日本の方に知ってもらいと思うし、仕事上のことでいうなら見に来てもらいたいと思う。それらをグローバルな価値観で他と比較しないでありのままを楽しめる人、そんな人は日本にはいないのでしょうか?
私たちの村にはイタリア国内はおろかイギリス、ドイツ、果てはオーストラリアなどから多くのツーリストが長期滞在でやって来てどこにも行かずに村の人との交流や山歩きを楽しんむぶじゃねんになっていかれます。日本にもそろそろこんな形の旅を楽しめる人が増えてきてもいいのではないか。
思って振り返ってみると90年代初頭竹下内閣の行った「ふるさと創生一億円」は日本の景観を大きく損なっただけに過ぎないようにおもいます。私の故郷では田んぼのど真ん中に数キロの距離からも目に付く恐竜の卵が建っています。それに誰も何も思わないんでしょうか?私は「ぶじゃんねん」であるまえにバスティアン・クントゥラーリですからその光景に違和感を感じてしょうがありません。
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