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ピエモンテからぶじゃねんの陽だまる山郷生活

BENVENUTI ALLA CRONACA DEL BôGIA NEN ! ピエモンテの山郷でのんびり生活しています

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精肉店モスカ体験(1)

 先週水曜日11月11日から今週17日まで大阪うめだの阪急百貨店で行われていた「イタリアフェアー」に、わが町ビエッラの「精肉・お惣菜店モスカ」のお惣菜が並べられていました。

 会場で実際にモスカの5代目アルベルトも店頭で奮闘していたのを目にしたかたも多いとおもいます。 

 私はモスカにもうかれこれ10年くらい浸って暮らしています。美味しいものなら全てここで手に入る。(お魚以外はね)おかげでこれまで一般ではあまり目にすることのない食材店の舞台裏を見せてもらってきました。

 大阪では彼らのお惣菜が紹介されましたが、これから少し彼らの原点であるお肉、特にピエモンテ牛についてお話しましょう。

 大阪に向かう飛行機の中でアルベルトと話をしている中で、彼自身、4代目で彼の実父のジョバンニさんに子供の頃から屠畜場で使いっ走りとして使われてきたいわばたたき上げであることがわかりました。

 これまで子供を甘やかして育てるイタリア人しか見たことのない私には少し驚き。でも、確かにアルベルトも30代半ばで早朝6時から夜8時半まで休みなしの生活を当たり前のようにこなしています。。

 ただ、良い肉屋は働く気力さえあればいいというものではありません。

 私の義父も腕の良い肉やでした。戦後のもののない時代に肉牛肥育家の次男坊に生まれ家を継げなかった彼はこれまでの知識を生かして肉屋になりました。が、トリノからも買いに来るほど愛された自分のお店を自分の息子にはこんな苦労はさせたくないと97年にさっぱりと閉じてしまいました。

 私がもう少しここに早く来ていたらその肉屋を継いだのにというと、義父は笑って『肉屋は肉を上手く切ればいいってもんじゃない。』といいます。

 一番大切なのは家畜を生きているうちに見分けられる目。それがないことには一人前の肉屋とはいえない!それには子供の頃から家畜をみていないと、といいます。 

 モスカの4代目ジョバンニさんもそれがあるからアルベルトを子供の頃から牛の買い付けにつれいていきます。そして今でも牛を選ぶのはジョバンニさん、それを潰すのはアルベルト。屠殺は嫌な仕事ですがこれだけは他の従業員には任せません。

 さて、昨年のことですが彼らのその年の買い付け先を案内してもらうことができました。

 ニッツァ・モンフェッラートの向こうにある小さな村に住むパオロさん。モスカさんともこれまで長い付き合いで、彼の肥育した牛はモンカルヴォの品評会で何度も優勝しています。

 モスカさんはこうした肥育家を直接訪ね、牛の生育状況、飼料の内容は勿論、牛舎の清掃や飼育家の熱意まで全てをみて、買い付け先を選定します。

  たとえばパオロさん、30㎡の牛舎には鉄柵もなにもなく、床に引かれた干草は糞で汚れたりしていません。毎日2回取り替えてやるのだそうです。 そして天井にはくもの巣がいいいっぱい。 これは掃ったりしません。くもの巣が牛舎の埃を吸い取ってくれるから牛が健康にいられるのです。

   次回に続く


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ブルーノ・ラウツィの『Autunno(秋)』

   AUTUNNO   秋

PERFETTE GIORNATE LE MIE   
文句なしの日々だよ、僕のはね 
                                              
MA IL CORPO, ALLARMATO     
だが、肉体は警報を鳴らし

SEGNALA LE PRIME AVARIE     
最初の故障を告げている


PERCHE' DUNQUE VITA LUSINGA   
なら、どうして儚い人生に

A NON DISARMARE LE VOGLIE     
欲求は尽きることを知らないのだ

SE QUESTO MANIFICO AUTUNNO    
この素晴らしき秋は

E' TUTTO UN CADERE DI FOGLIE?  
全てが葉を散らすだけというのに?

この「秋」という詩は、ピエモンテの真下、リグーリア州ジェノバのシンガーソングライター兼詩人で惜しくも2006年にこの世を去ったブルーノ・ラウツィの短い詩です。

 私だっても四十の曲がり角を過ぎ、まだまだ若僧のつもりでいても二十代の頃とは比べようもなく体力が減り、私よりもっと年を重ねている義理の両親の健康を見守る毎日を送っていると、

 この詩の言葉のひとつ一つを噛みしめ、秋の紅葉をこれまでとは違った気持ちで眺めたりもします。 

 この詩はでも、老いの絶望なんかを詠っているのではありません。むしろ肉体的に何の憂いもなかった時期には決して得られる事のなかった精神的な活力を喜んでいる、人生のお祭りの歌です。

 そう、秋祭りみたいなものかなあ、、、。 葉が枯れ落ちても、寒い冬に向かっていても頭は冴え人生を堪能できる年になった。そういう時期を迎えていると『信じたい』です。
Bruno Lauzi

 ブルーノ・ラウツィは、まだうちの村の現村長が慈善団体の会長をやっていた頃、この村に3回ほど招かれましたが、いずれの野外コンサートも大雨で中止。まったくの雨男でした。

しかも3回目にはコンサートに使う大切な椅子を村に忘れてしまい、現村長がリグーリアまで届けるハメに。

 彼の自宅に行ってみるとブルーノ・ラウツィは自分の船で釣りに出ていて浜辺まで椅子を届けたそうです。そして一緒に村長は一緒に船にのって釣りに付き合いながらいろんな話をしたそうです。

 彼の曲はどれもとってもやさしい。小さくて、決してハンサムな歌い手ではなかったけど、多くのイタリア人、イタリアの同じシンガー達から今も愛され、彼の歌は若手の歌手達が歌い続けています。
 

静かな湖畔の森の影から、、、

急に友人のアレッサンドラから電話でお気に入りのスポットを見つけたから山に行こうと誘われました。

このところ体はなまっているし、来週からの日本での仕事の準備に振り回されていた私は即答でOK。
ビエッラの守護聖人が祭られている巡礼地オローパの駐車場に車をとめると、早速登りはじめました。

彼女が一目見て恋してしまったというボーゼ湖は標高が1500メートルぐらいの地点にあります。

途中の自然は氷河の運んできたごろごろした石の間を這うようにつつじ、ブルーベリー、ななかまどの低木が生える、どちらかというと野性的な風景が広がり、一つ丘を越えたエルヴォ渓谷のやわらかな緑とは一味も二味も違いました。

いつもは、料理や日常生活の小さな出来事ばかりお喋りしている主婦な私とアレですが、今日は一緒に汗をかきかき山にのぼり湖に到着すれば、既に秋の気配の忍びよる周辺の緑の中で素足に湖水の冷たさを感じて子供のようにはしゃいでしまいました。
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ランゲのお宿『ヴィッラ・ティボルディ』

自分の行くレストランやホテルでバチバチ写真を撮るのはあまり好きではないのですが、今回は撮りたくなってしまいました。

最近では日本からも多くのツーリストが訪れるピエモンテ州ランゲそしてロエーロ地方ですが、ロエーロのカナーレということろ(グルメにはレストラン「エノテカ・ディ・ロエーロ」が有名)で1950年代からワイン作りを続けているワイナリー『マルヴィラ』のダモンテ兄弟、マッシモとロベルトがはじめた宿『Villa Tiboldi(ヴィッラ・ディボルディ)』です。

1600年代の建造物に手をいれ宿としました。部屋の造りはそれぞれ違いますが、どこかアットホームさの漂う造り。併設のレストランもランゲの人たち自身が食べに行くくらい本格派。勿論マルヴィラのワインを心行くまで堪能できます。

と、ここまでは一定レベルの宿なら当たり前かもしれません。『ここがピエモンテだな』と思ってしまうのは、そこであらゆるサービスを勤める人たちが絵になっていること。

ゆったりとデッキチェアーで日光浴をするドイツ人クライアントのとなりをブドウ畑の手入れを終えた老人、交換したシーツを抱えた女性、見習い料理人達が足早に過ぎていくのですが、クライアントの邪魔をするでもなく、隠れるように走りすぎるでもなく、とても自然な動きをしているのです。

一つにはここには安い賃金で使われる外国人労働者がいないからかもしれません。そして、なんといっても経営者であるダモンテ兄弟、特にこのヴィラを訪れる人たちのもてなし役ロベルトさんの屈託のない、陽気な性格が創り上げるヒューマンな運営姿勢のせいでしょうか。

 この日、宿に到着すると、ロベルトさんは野外テラスの外国人10人くらいのテーブルで陽気にお喋りしながらワインボトルの栓をきっているところでした。

顔見知りの私たちには「やあ!」と手を挙げて挨拶。なにやら冗談を飛ばして外国人を笑わせています。「

相変わらずだな、それにしてもやっぱりこれだけの施設のオーナーとあって英語も喋れてインターナショナルなんだ」と感心。でも、実はロベルトさんの会話にはイタリア語どころかピエモンテーゼがあちらこちらで使われているのだそうです。 ええ!?

 で海外からの客人は理解できるのか? そこはそれ、だれかが通訳をしたり、イタリア語を勉強しているお客さんが通訳をするんでしょうが、でもね、言葉が出来ても出来なくても、イタリア人でも外国人でも同じ態度、同じ姿勢でもてなすってとても大切だと思うのです。

 こんな素敵な宿ですが、日本人はほとんど来ません。車がないから移動が出来ない、アルバの駅から離れているから。他に移動が面倒だから。 ロベルトさんは駅への送迎もしてくれるし、必要ならバローロのワイナリー見学だって手配してくれます。でも、ここを訪れる日本人は、現地に住んでいる人くらい。 
こんな素敵な景色と施設があったらドイツ人、イギリス人などはなんにもしないで2,3日ここでくつろぎます。他を観て歩くなんて考えない。 

若い世代の人にはまだまだ色んなものを見て楽しむことも必要でしょうが、私たちの年になったら時にはこんなところでゆっくりする事を覚えてもいいと思うのです。

VILLA TIBOLDI
CASE SPARSE CANOVA 144
CANALE-ITALIA
GPS:N44'47'41'' E07'58'26''
TEL 0173970388
villatiboldi@villatiboldi.it 
www.villatiboldi.it   

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お気にイタリア

今度、HPを新しくすることにしました。で、HPのためのフォトギャラリーを作っていたのですが、出来上がってみるとそれがなかなか可愛い写真ばかりなのでご紹介しましょう!!


当然ピエモンテを中心に北イタリアで取ったもので、ソルデヴォロ村のリーザおばさんのカシーナ(農家)、

ロンバルディアで「イタリアワイン12人の父」の一人に挙げられるリーノ・マーガさん、

バローロの風景に標高1600mにある放牧小屋(アルペッジョ)ピエモンテのリコッタチーズ「セイラス・デル・フェン」を作るキットの豚さんに牧羊犬、

ビエッラの老舗精肉店モスカさんとその去勢牛肥育家が見せてくれた白トリフ、
そしてリグーリアの漁師さんたち、

そうそう、私も今年は牛を放牧小屋まであげましたっけ。

写真に納まった自分の生活範囲をみるととてもバラエティーがあるのですが、色がどれも優しいのに驚きます。緑が優しいからなのでしょうが、イタリアに住み始めてからのこの9年間、この優しいいろにつつまれて東京での暮らしでとがっていた自分の心が凄く穏やかになったと思います。

イタリアで私のように暮らしている日本人はみんな多かれ少なかれ同じ経験をしているのかな。興味のあるところです。

とにかくこれまで私に堪えてくれた周りのイタリアの皆さん、遠くから応援してくれた日本の皆さんに感謝しながら写真を眺めています。

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わたしは、、、

Muccan.JPG
ぶじゃねんのお仕事HP

公楽さんのイタリア紀行 

公楽さん
実に明快!2010年秋、ソルデヴォロ村に滞在された公楽さんご夫妻が紀行文を寄せてくださいました。読めばソルデヴォロ時間が流れるでしょう。

ここです、、、

Video:オルガのバター作り

Video:8月の山に行く

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